Research

 Here, I list some recently published results of research activity, etc.

Research


 ここでは、私の研究内容や研究の成果について紹介しています。学部生にとっては、やや高度な内容も含んでいるので、研究のもっと一般的な話もしています。私の論文リストや発表リスト、今後の発表予定などについてはこちらに掲載しています。

◎スピン自由度を持つ超伝導の実験的同定 -スピン三重項超伝導多重相における新現象-

【2023年7月】(first author: Katsuki Kinjo)

 超伝導状態は、2つの電子がペアを組むクーパー対と呼ばれる量子力学的な波動状態として理解されます。電子にはスピンと軌道の自由度があるので、クーパー対も同様にスピンと軌道の自由度を持ちますが、今まで発見されたほとんどの超伝導体はスピンおよび軌道の自由度をもたない状態でした。一方で、スピンまたは軌道の自由度をもつ超伝導状態を考えると、わずかな外部パラメータの変化によってさまざまな超伝導状態となる超伝導多重相が期待でき、理論的研究がなされてきました。しかし候補となる超伝導体の観測例は非常に少なく、また超伝導転移温度の低さなどから超伝導多重相に由来する現象の探索は非常に困難でした。
 我々は、超伝導体UTe2の純良単結晶において超伝導多重相に由来する特徴的な超伝導スピンの回転を、複合極限環境における核磁気共鳴測定法(NMR)を用いることで明らかにしました。今回の結果はこれまで実験的なアプローチが不足していた超伝導多重相において、UTe2が理想的な研究舞台であることを示すとともに、予想しなかった新奇な超伝導状態を示すことを明らかにしました。
 本研究成果は、2023年7月28日に、国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。


 本成果に関するプレスリリースが公開されています。

論文情報
K. Kinjo, H. Fujibayashi, H. Matsumura, F. Hori, S. Kitagawa, K. Ishida., Y. Tokunaga, H. Sakai, S. Kambe, A. Nakamura, Y. Shimizu, Y. Homma, D. Li, F. Honda, and D. Aoki
"Superconducting spin reorientation in spin-triplet multiple superconducting phases of UTe2"
Sci. Adv. 9, eadg2736 (2023); arXiv:2307.15784.
Kyoto University Research Information Repository


◎ジグザグ鎖構造をもつ磁性体で現れる電気的中性な準粒子の発見

【2023年7月】(first author: Fumiya Hori)
中学校・高校生向けの解説スライド *

*少ない予備知識で理解できるように説明することが目的です. そのため大雑把な話になり, 厳密には正しくなかったり, 例外があったりしますが, 細かいことは気にしないでください.

 近年、固体物理では、通常の磁性体で知られていない秩序状態や準粒子の研究が注目されています。なかでも系全体のスピンの配列が一意に定まらないフラストレーション現象ではそのような特異な物性が発現することが期待されています。我々は、希土類のイッテルビウム原子(Yb)がジグザグ鎖を組む磁性半導体YbCuS2に着目し、希土類ジグザグ鎖によるフラストレーションの効果について調べました。銅(Cu)核の核四重極共鳴(NQR)測定および比熱測定の結果、YbCuS2が非整合反強磁性秩序を示し、その秩序相で負の電荷をもつ電子とは異なる電気を運ばない電気的中性な準粒子が存在していることを明らかにしました。
 本研究で得られた結果は従来のジクザグ鎖フラストレート磁性体の理論では説明できないことから、新しい理論の必要性を示しており、YbCuS2が新たなフラストレート磁性体のプラットフォームとして有望であることを明らかにしました。また、本研究で発見した中性準粒子は通常の電子とまったく異なる性質をもつため、次世代量子コンピュータや省エネルギーメモリデバイスなどの新しいデバイスへの応用が期待できます。
 本研究成果は、2023年7月22日(日本時間)に、国際学術誌「Communications Materials」にオンライン掲載されました。


京都大学ホームページ広島大学ホームページにプレスリリースをしました。
プレスリリース情報を日本物理学会ホームページ学術変革(A)「アシンメトリ量子」領域ホームページに掲載していただきました。
Yahoo!ニュースEE Times Japanテック・アイ技術情報研究所日本の研究.com、母校である竹田高校ホームページで取り上げられました。

論文情報
F. Hori, K. Kinjo, S. Kitagawa, K. Ishida, S. Mizutani, R. Yamamoto, Y. Ohmagari, and T. Onimaru
"Gapless fermionic excitation in the antiferromagnetic state of ytterbium zigzag chain"
Commun. Mater. 4, 55 (2023) ; arXiv:2201.07563.
Kyoto University Research Information Repository


◎YbIr3Si7における謎の中性粒子をNMRで見る!

【2022年9月】(first author: Shunsaku Kitagawa)

 物質は電気が流れるか流れないかで金属と絶縁体の二種類に分類され、金属は熱を伝えやすく絶縁体は熱を伝えにくいという性質をもちます。これは金属中で電気を伝える伝導電子が熱の運び手になっているからです。 近年、電気的には絶縁体で電気は伝えないにも関わらず、熱の伝導が金属と同じ振る舞いをする物質が見つかっており、注目を集めています。絶縁体中には伝導電子が存在しないため、これらの物質では電荷をもたずに熱のみを伝える謎の中性粒子が存在していると考えられています。 YbIr3Si7はその一例であり、低温での比熱と熱伝導率の測定から中性粒子が存在することが報告されていました。
 我々はYbIr3Si7における中性粒子の磁気的な応答を核磁気共鳴測定法(NMR)を用いることで微視的な観点から調べました。その結果、YbIr3Si7の中性粒子がその磁気特性と密接に関係していることがわかりました。
 本研究成果は、2022年9月16日に、国際学術誌「Physical Review B」にオンライン掲載されました。

論文情報
S. Kitagawa, T. Kobayashi, F. Hori, K. Ishida, A. H. Nevidomskyy, L. Qian, and E. Morosan
"Enhancement of charge-neutral fermionic excitations near the spin-flop transition in the magnetic Kondo material YbIr3Si7"
Phys. Rev. B 106, L100405 (2022) ; arXiv:2209.10844.


【番外編】もっと一般的な話

「そもそも物理ってなんやねん?」って方、「物理は知っちょんけど物性物理は聞いたことねぇなぁ…」って方、「大学の基礎物理は一通り勉強しちょんけど、実際の研究とかわからんし論文とか全然読めんっちゃ…」って方、色んな人向けに私の研究のもっと一般的な話をしています。なるべく専門的すぎる話や難しい数式は控えてます。

堀は何者?物質のお医者さん?  ー 物理学に馴染みのない中学生、自分の家族、親戚の伯叔父母、友人向け ー

「まだ大学で勉強してるとか大変そうなことしてるなぁ。大学で何勉強してんの?」実家の親戚の集まりで頻繁に聞かれます。また学部時代に塾講師のバイトをしている際、中学校の生徒にも「先生って大学で何を勉強してるんですか?」 とよく聞かれていました。この質問に対してどこまで答えるべきなのか難しいところではありますが(私のように回答に困っている人は少なくないはず)、私の場合とりあえず以下のように回答するかなぁ。

 簡単に言うと、私は大学で「理科」のお勉強をしています(中学校理科でいうところの理科第1分野)。だから、実験したり計算したりの毎日です。もっと詳しい話をすると、「物理学」の研究をしています。フジテレビの人気ドラマに「ガリレオ」シリーズがあると思います。物理学者・湯川学=ガリレオ(福山雅治)と刑事・内海薫(柴咲コウ)が超常現象のような不思議な事件を解決していくという話ですね(2022年9月公開の「ガリレオ」映画第3弾「沈黙のパレード」実に面白かったですね!)。私は、あのカッコいい福山雅治と同じようなことをしています(ただ残念ながら、あれほど容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能ではないですね…)。
 さらにもっと詳しい話をすると、「物質」に着目して研究しています。世の中は多種多様な「物質」でできています。中学校理科では、その「物質」が様々な性質を持っていたり、色んな状態になったりすることを学ぶと思います。電流を通しやすかったり、熱を伝えやすかったり、磁石に引き付けられたり、気体・液体・固体の状態変化をしたり、と。「世の中の物質の性質とかってもう学者さんたちが調べ尽くして、全部わかってるんじゃね?」と思うかもしれませんが、実は世の中にはどんな性質を持っているのか、どうしてそのような性質を持つのかまだよくわかってない物質がたくさんあります。さらにいうと、そもそもまだ見つかってもいない物質もたくさんあります。 そのような物質を調べるのが私の研究内容です。特に、ちょっと変わった(ちょっとヘンな)現象を示す物質を見つけて、「なんやこいつ!おもろぉ!」(本当は福山雅治声で「実に面白い…」って言いたい)って思いながら研究しています。 物質のちょっとヘンな現象って、人間で例えると「病気」みたいなもんですね。だから私は、人間の病気を調べるお医者さんみたいに、CT検査みたいなものやMRI検査みたいなものを使って「物質」のどこがヘンなのか、なんでヘンなのかを調べてます。つまり「物質のお医者さん」ですね!(狭い部屋に押し込めたり、物質の一部を別のものに変えたりと荒療治をします。人間のお医者さんと大きな違いは、ちゃんと治療しないところです。「面白そう」と思って逆にもっと悪化させることもあります...ほんまに「お医者さん」と呼んでいいのかな?)

「物性物理学」とは何ぞや?  ー 物理学は知ってるけど「物性物理学」に馴染みのない高校生や学部生向け ー

 私の専門である「物性物理学(Condensed-matter physics)」は物質の多種多様な性質を物理的な観点から明らかにする分野です。ただ、この分野はあまり聞き慣れないかもしれません。恐らく、宇宙物理学や素粒子物理学などに憧れて物理学を勉強したい、研究したいと考えている人の方がが多いんじゃないのかな?ちなみに、私も高校時代に科学雑誌「Newton(ニュートン)」を読み「相対性理論、面白そう!」「素粒子とかかっけぇ!」「超ひも理論!何それ!」とか思っていて、大学入学当時はクォーク物理学の研究をしたいと考えていました。このNewtonという雑誌ではよく相対性理論や宇宙論、素粒子物理学などが大きく取り上げられているので、それらが物理の研究の全てであるかように誤解していました(そういう人はきっと少なくないはず)。でも、実は「物性物理学」は素粒子・原子核・宇宙物理学と並ぶ2大分野の1つなんです。実際、日本物理学会(日本の大きな研究会)では素粒子・原子核・宇宙物理学の研究者に比べて物性物理学の研究者の方が多いんですよ。(ちなみに私が「物性物理学」という分野を知り、研究したいと思ったきっかけは、学部1回生の授業での超流動・超伝導デモ実験です。弊研非公式VTuber固体量子ちゃんが超伝導の浮上デモ実験をしている動画がありますよ。)
 んじゃ「物性物理学」の魅力は何ぞや?ってことで「More is different」の話をしておきましょう(多くの研究者が物性物理学のイントロで紹介しがちなやつですけど、私のような若輩者が語っていいのでしょうか…?)。20世紀半ばまでの物理学は、素粒子物理学のような「複雑な物事でも、それを構成する要素に分解して、それらの個別の要素だけの性質さえ分かれば、元の複雑な物事も説明できる」とする考え方(要素還元主義)が主流でした。ところが、物質中には アボガドロ定数(~ 1023 * )くらいの膨大な数の原子や電子が集まっているため、電子1つ1つの性質だけでは到底理解できない面白い現象が多々起こります。(人間の場合、ある集団に所属している1人の性格や行動を理解していたとしても、集団全体がその人と違う行動をとることとかありますよね。家族、学校、会社、社会全体とか。)「More is different」という言葉はこの内容を指摘した1972年のアンダーソン(P.W. Anderson)の論文 ** のタイトルです(アンダーソンは馴染みがないかもしれませんが1977年のノーベル物理学賞受賞者ですよ)。「多は異なり」…かっちょいぃ!我々、物性物理学を研究している者は電磁気学・量子力学・統計力学(これらは大学の学部生で詳しく勉強します)といった物理的な考え方を駆使して、まさにこの「More is different」の世界を追求している訳ですね。

ただ残念ながら高校物理では、前期量子論や原子核、素粒子とかそういったところは記述があるものの、そいつらが多数集まったら…といった、この興味深い「More is different」の内容がほとんど記されていないんですよねぇ(まぁでも熱力学で気体分子運動論などは習いますけどね)。原子やイオンの結合についての内容は高校「化学」の教科書に記載されている訳で、物質科学なんてものは「化学」者しか研究しない、と高校の時に妄信させられちゃいますよね、私がそうであったように。

* 100000000000000000000000個.ちなみに, 長さ0.50 cmの米粒を$6.0\times 10^{23}$ 個直線に並べると, その距離は$3.0\times 10^{23}$ cmになります. これは, 地球と太陽間($1.5\times 10^{13}$ cm)を$1.0\times 10^{10} = 10000000000$往復する距離に相当します(めっちゃ大きいね). 別の例をあげると, 80億人(世界の総人口くらい?)ひとりひとりが100兆円(日本の国家予算くらい?)持っていたとすると総額$8\times 10^{23}$ 円になりますね(やばすぎるやろ).
** P.W. Anderson, Science 177, 393 (1972).

ちょっと詳しい話  ー 電磁気学・量子力学・統計力学を履修した学部生向け ー

 さぁ、どんどんレベルが上がってきましたよ。ここではちょっと数式使ったり、少し専門用語が出てきたりします。電磁気学・量子力学・統計力学を履修していたら理解できる磁性物理の面白い話もしています。

「磁性と超伝導」 ー 相反する両者がいかにして共存するのか?ー  弊研のキャッチコピーってくらいの大事な概念です。弊研のHPに「磁性」「超伝導」の解説が載っているので、ここでは割愛。超伝導は普通、磁場で壊れるので磁性(特に強磁性)と相性が悪いと思われいたんですけど、近年(といっても2000年)強磁性と共存するような超伝導(強磁性超伝導)も見つかっちゃって注目されていますね。

「核磁気共鳴」 ー 動的情報と静的情報の両方が観測可能な微視的手法 ー  私の最近の主な実験手法です。通称、NMR。この手法はムズいと思えばムズい、シンプルと思えばシンプル、とりま何だかんだおもろい。(新世紀エヴァンゲリオン的な感じです。北川助教曰く「NMRはエヴァ」。)NMRの紹介も弊研のHPに載っているので、割愛(PDF版もあるようです)。弊研非公式VTuber固体電子ちゃんのお兄ちゃんである固体物性くんの解説動画は結構わかりやすいですよ(私は最初、この動画でNMRの原理を勉強しました)。


「量子スピン系」 ー 古典系とは異なる直観に反した基底状態 ー  電子は「スピン」という小さい磁石のような自由度を持っているということを量子力学で習いますよね。物質中で複数の電子が相互作用していると「磁性と超伝導」の箇所で紹介しているようにスピンは周期的に整列しよう(秩序しよう)とします。だた、相互作用によっては量子力学的な効果が明確に表れて、古典スピン(ただのベクトル)では予想できないような不思議な状態になる場合があります(そのような系を「量子スピン系」と呼んでいます)。実は非常に簡単な形の相互作用でそのような状態を実感するできます。(量子力学の練習問題みたいな話ですが、結構好きな話です。こっからの話は田崎晴明さんの「量子スピン系の理論」*や宮下精二さんの「量子スピン系」**を参考にしています。)それぞれスピン$\boldsymbol{S}_{1}$と$\boldsymbol{S}_{2}$をもつ2つの電子があって、以下のようなハイゼンベルグ型のハミルトニアンを考えてみましょう。
\begin{align} \mathcal{H}=J\boldsymbol{S}_{1} \cdot \boldsymbol{S}_{2} \end{align}
ここで相互作用$J<0$ときは、 $\boldsymbol{S}_{1}$と$\boldsymbol{S}_{2}$のスピンが揃ったときエネルギーを得します。強磁性的な相互作用ですね。逆に$J>0$だと$\boldsymbol{S}_{1}$と$\boldsymbol{S}_{2}$が反対向きのときエネルギーを得しますが、これが反強磁性的な相互作用です。以下このハミルトニアンの基底状態(一番エネルギーの低い状態、絶対零度で実現される状態)について古典スピン系、量子スピン系に分けて考察していきましょう。

【古典スピン系の場合】
$|\boldsymbol{S}_{1}| = |\boldsymbol{S}_{2}| = $ const.を満たすただのベクトルだと思えば、強磁性の場合($J<0$)$\boldsymbol{S}_{1}$と$\boldsymbol{S}_{2}$のスピンが揃ってさえすればよいです。2つが揃ったまま、 どこを向いても構わない訳です。反強磁性の場合($J>0$)も同様に、$\boldsymbol{S}_{1}$と$\boldsymbol{S}_{2}$が反対向きに揃ってさえすればいい訳ですね(単にスピンが反平行に揃っている状態をネール状態と呼びます)。古典系は当たり前な感じがして特におもろくないです。

【量子スピン系の場合】
 古典系と違って量子系では基底状態において強磁性と反強磁性の間に違いが出てくるんですよねぇ… $S=1/2$の場合を考えてみましょう。 復習するとup stateとdown stateをそれぞれ
\begin{align} |\uparrow \rangle=\left(\begin{array}{l}1 \\ 0\end{array}\right), \quad |\downarrow \rangle=\left(\begin{array}{l}0 \\ 1\end{array}\right) \end{align}
とすれば、 スピンは
\begin{align} S^{x}=\frac{1}{2}\left(\begin{array}{ll} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{array}\right), \ \ S^{y}=\frac{1}{2}\left(\begin{array}{cc} 0 & -i \\ i & 0 \end{array}\right),\ \ S^{z}=\frac{1}{2}\left(\begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array}\right) \end{align}
と表されて、
\begin{align} \left[S^{x}, S^{y}\right]=i S^{z},\ \ \left[S^{y},\ \ S^{z}\right]=i S^{x}, \ \ \left[S^{z}, S^{x}\right]=i S^{y}, \ \ \boldsymbol{S}^{2}=S(S+1) \end{align}
のような性質を満たすんでしたよね。ただ、今は$\boldsymbol{S}_{1}$と$\boldsymbol{S}_{2}$の2つのスピンを考えているので2つのスピン状態を表す状態$|\Psi\rangle$を
\begin{align} \begin{aligned} |\Psi\rangle &=a_{1}|\uparrow\rangle_{1}|\uparrow\rangle_{2}+a_{2}|\uparrow\rangle_{1}|\downarrow\rangle_{2}+a_{3}|\downarrow\rangle_{1}|\uparrow\rangle_{2}+a_{4}|\downarrow\rangle_{1}|\downarrow\rangle_{2} =\left(\begin{array}{l} a_{1} \\ a_{2} \\ a_{3} \\ a_{4} \end{array}\right) \end{aligned} \end{align}
と表すことにします。そうすると式(1)のハミルトニアンは
\begin{align} \mathcal{H}=\frac{1}{4}\left(\begin{array}{cccc} J & 0 & 0 & 0 \\ 0 & -J & 2 J & 0 \\ 0 & 2 J & -J & 0 \\ 0 & 0 & 0 & J \end{array}\right) \end{align}
と表されます。あとはこいつを対角化すれば、固有値と固有状態がでてくる訳ですね。ちなみにハミルトニアンをちょい変形すると
\begin{align} \mathcal{H}=J \boldsymbol{S}_{1}\cdot \boldsymbol{S}_{1}= \frac{J}{2}\left\{\left(\boldsymbol{S}_{1}+\boldsymbol{S}_{1}\right)^{2}-\frac{3}{2}\right\} \end{align}
となるわけだから、式(1)のハミルトニアンの固有状態を求めるのは、合成角運動量$\boldsymbol{S}_{\rm tot} \equiv \boldsymbol{S}_{1}+\boldsymbol{S}_{1}$の固有状態を求めるのと全く同じじゃんってことが解ると思います。さぁ、基底状態を考えていきましょう。

強磁性-量子系の場合($J<0$)
\begin{align} \left|\uparrow\rangle_{1}\right| \uparrow\rangle_{2}, \ \quad\left|\downarrow\rangle_{1}\right| \downarrow\rangle_{2}, \ \quad \frac{1}{\sqrt{2}}\left(\left|\uparrow\rangle_{1}\right| \downarrow\rangle_{2}+\left|\downarrow\rangle_{1}\right| \uparrow\rangle_{2}\right) \end{align}
の3つの状態(「スピン3重項」と言います)が基底状態です(厳密に言えば、3つ状態の任意の線形結合が基底状態)。これらの状態はスピンが平行に揃っている状態を表しており、$S_{\rm tot} = 1$で基底エネルギーは$J/4$です。$\left|\uparrow\rangle_{1}\right| \uparrow\rangle_{2}, \ \left|\downarrow\rangle_{1}\right| \downarrow\rangle_{2}$は$z$軸方向に揃った状態($M = S_{\rm tot}^z = \pm 1$)です。$M = S_{\rm tot}^z = 0$(スピンが平行に揃っているが全磁化の$z$成分がゼロ)の状態$\left|\Psi_{x y}\right\rangle \equiv \frac{1}{\sqrt{2}}\left(\left|\uparrow\rangle_{1}\right| \downarrow\rangle_{2}+\left|\downarrow\rangle_{1}\right| \uparrow\rangle_{2}\right)$ は$xy$平面を向いていると考えられますが、ちょっと面白いです。というのも、$M_x = S_{\rm tot}^x = S_1^x +S_2^x$, $M_y = S_{\rm tot}^y = S_1^y +S_2^y$として期待値を計算してみると
\begin{align} \begin{array}{ll} \left\langle\Psi_{x y}\left|M_{x}\right| \Psi_{x y}\right\rangle=0, & \left\langle\Psi_{x y}\left|M_{y}\right| \Psi_{x y}\right\rangle=0 \\ \left\langle\Psi_{x y}\left|M_{x}^{2}\right| \Psi_{x y}\right\rangle=1, & \left\langle\Psi_{x y}\left|M_{y}^{2}\right| \Psi_{x y}\right\rangle=1 \end{array} \end{align}
となり, $x$方向, $y$方向どちらの方向の磁化の自乗も1になります。つまり両方の向きに揃った状態(あえて言うと$x$方向に揃った状態と$y$方向に揃った状態の線形結合した状態)な訳です。量子力学って不思議だぁ。ただ、量子系でも基底状態は2つのスピンが揃って、ある特定の方向を向いているみたいですね。その点に関しては古典系と同じってことかぁ…

反強磁性-量子系の場合($J>0$)
反強磁性の場合、基底状態は「スピン1重項」と呼ばれ
\begin{align} \left|\Psi_{\mathrm{s}}\right\rangle=\frac{1}{\sqrt{2}}\left(\left|\uparrow\rangle_{1}\right| \downarrow\rangle_{2}-\left|\downarrow\rangle_{1}\right| \uparrow\rangle_{2}\right) \end{align}
となり、$S_{\rm tot} = 0$で基底エネルギーは$-3J/4$です。この状態はスピンが反平行になっている状態に対応してそうです。ただし、古典系のように単にスピンが反平行に揃っているネール状態
\begin{align} |\text{Néel}\rangle = \left|\uparrow\rangle_{1}\right| \downarrow\rangle_{2} \ \text{or} \ \left|\downarrow\rangle_{1}\right| \uparrow\rangle_{2} \end{align}
ではなくて、それらの重ね合わせの状態のようです。しかも、基底エネルギーもネール状態
\begin{align} \langle\text{Néel}|\mathcal{H}|\text{Néel}\rangle = -\frac{J}{4} \end{align}
に比べて3倍も異なります。この辺が強磁性-量子系のときと違いますね(強磁性-量子系のとき は古典系から想像できそうな$\left|\uparrow\rangle_{1}\right| \uparrow\rangle_{2}$や$\left|\downarrow\rangle_{1}\right| \downarrow\rangle_{2}$が基底状態でしたもんね)。しかもこいつ「どこにも向いてない」ちょっとおかしな状態です。実際、 $ \left(\boldsymbol{S}_{1}+\boldsymbol{S}_{2}\right)\left|\Psi_{\mathrm{s}}\right\rangle=\boldsymbol{0} $ であり、
\begin{align} \left\langle\Psi_{\mathrm{s}}\left|M_{x}^{2}\right| \Psi_{\mathrm{s}}\right\rangle=0, \quad\left\langle\Psi_{\mathrm{s}}\left|M_{y}^{2}\right| \Psi_{\mathrm{s}}\right\rangle=0, \quad\left\langle\Psi_{\mathrm{s}}\left|M_{z}^{2}\right| \Psi_{\mathrm{s}}\right\rangle=0 \end{align}
な訳です。$\alpha$軸回りに$\theta$だけ回転する演算子は$\exp \left(i \theta\left(S_{1}^{\alpha}+S_{2}^{\alpha}\right)\right)$ なので、$\left|\Psi_{\mathrm{s}}\right\rangle$は任意の回転について不変です。どこにも向いていないじゃないか!
 このように古典的に揃った状態は量子力学的には必ずしも基底状態ではないんですね。つまり量子系では古典的に揃った(秩序した)状態より低エネルギー状態が実現して、その古典的に揃った状態が乱されている訳です。これを「量子ゆらぎ」と呼んでいます。ちなみにスピンがたった2つだけで直感に反する現象が起きる訳なので、スピンの数をもっと増やしたら、もっとおもろそうなことが起きそうじゃないですか?こういった量子スピン系の研究は興味深いですよ。

*  田崎晴明『量子スピン系の理論』物性研究 58, 121 (1992).
** 宮下精二『岩波講座 物理の世界 物質科学の展開〈7〉量子スピン系―不確定性原理と秩序』岩波書店 (2006).

「ボーア-ファン・リューエンの定理」 ー 磁性における量子力学の重要性 ー  磁性の教科書とかによく紹介されてるおもろい話です(後輩の藤林君推し)。簡単に言うと、物質の磁性を説明するには量子力学が必要だよ、っていう定理です(ここからの話は、楠瀬博明さんの「スピンと軌道の電子論」*を参考にしています)。電磁場中(電磁ポテンシャル$\phi(\boldsymbol{r}), \ \boldsymbol{A}(\boldsymbol{r})$)の$N$個の電子を考えましょう。ハミルトニアンは
\begin{align} {\cal{H}}=\sum_{n=1}^{N}\left[\frac{1}{2 m}\left(\boldsymbol{p}_{n}+\frac{e}{c} \boldsymbol{A}\left(\boldsymbol{r}_{n}\right)\right)^{2}-e \phi\left(\boldsymbol{r}_{n}\right)\right]+V\left(\boldsymbol{r}_{1}, \boldsymbol{r}_{2}, \cdots, \boldsymbol{r}_{N}\right) \end{align}
で与えられますね。ここで、$c$は光速度、$e$は電気素量、$m$は電子質量、$V\left(\boldsymbol{r}_{1}, \boldsymbol{r}_{2}, \cdots, \boldsymbol{r}_{N}\right)$は電子間相互作用です。古典統計力学では、このHamiltonianに対する温度$T$の分配関数$Z$は$\beta = 1/k_{\rm B}T$($k_{\rm B}$はボルツマン定数)として
\begin{align} Z=\prod_{n=1}^{N} \int \frac{d \boldsymbol{r}_{n} d \boldsymbol{p}_{n}}{(2 \pi \hbar)^{3}} e^{-\beta {\cal{H}}} \end{align}
のように求められます(ちゃんと統計力学を復習してね)。ちなみに、$\boldsymbol{\pi}_{n}=\boldsymbol{p}_{n}+(e / c) \boldsymbol{A}\left(\boldsymbol{r}_{n}\right)$ と座標変換すると
\begin{align} \begin{aligned} &Z=\prod_{n=1}^{N} \int \frac{d \boldsymbol{r}_{n} d \boldsymbol{\pi}_{n}}{(2 \pi \hbar)^{3}} e^{-\beta {\cal{H}}^{\prime}} \\ &{\cal{H}}^{\prime}=\sum_{n=1}^{N}\left[\frac{\boldsymbol{\pi}_{n}^{2}}{2 m}-e \phi\left(\boldsymbol{r}_{n}\right)\right]+V\left(\boldsymbol{r}_{1}, \boldsymbol{r}_{2}, \cdots, \boldsymbol{r}_{N}\right) \end{aligned} \end{align}
となります。おいっちゃ…よく考えたらこいつって$\boldsymbol{A} = 0$(つまり磁場$\boldsymbol{B}$がゼロ)の分配関数
\begin{align} \begin{aligned} &Z(\boldsymbol{A} = 0)=\prod_{n=1}^{N} \int \frac{d \boldsymbol{r}_{n} d \boldsymbol{p}_{n}}{(2 \pi \hbar)^{3}} e^{-\beta {\cal{H} (\boldsymbol{A} = 0)}} \\ &{\cal{H}}(\boldsymbol{A} = 0)=\sum_{n=1}^{N}\left[\frac{\boldsymbol{p}_{n}^{2}}{2 m}-e \phi\left(\boldsymbol{r}_{n}\right)\right]+V\left(\boldsymbol{r}_{1}, \boldsymbol{r}_{2}, \cdots, \boldsymbol{r}_{N}\right) \end{aligned} \end{align}
の計算結果と同じになるはずじゃん($\boldsymbol{p}_n$と$\boldsymbol{\pi}_n$を入れ替えるだけなので)。てことは、$Z$は$\boldsymbol{A}$によらない、つまり磁場$\boldsymbol{B}$によらない訳です。待ってっちゃ…そしたらこの系の磁化(磁気モーメント)の統計平均$\left\langle\boldsymbol{\mu}\right\rangle$って…
\begin{align} \left\langle\boldsymbol{\mu}\right\rangle=-\frac{1}{N} \frac{\partial F}{\partial \boldsymbol{B}}=\boldsymbol{0} \end{align}
おっと、ゼロになっちゃってます(ここで、$F \equiv - \beta^{-1} \ln Z $はHelmholtzの自由エネルギーです)。このままでは電磁場下における電子の系が熱平衡状態だと磁化は常にゼロ、磁性を全く示さないってことになっちゃいます。古典統計力学の範囲では磁性は全く説明できない、ってことですね。この事実を「ボーア-ファン・リューエン(Bohr-van Leeuwen)の定理」と言います。この事実は、電磁場下(電場$\boldsymbol{E}$)におけるローレンツ力$\boldsymbol{F}=e\left(\boldsymbol{E}+\dot{\boldsymbol{r}} \times \boldsymbol{B}\right)$の仕事率が$\dot{\boldsymbol{r}} \cdot \boldsymbol{F} = e \dot{\boldsymbol{r}} \cdot \boldsymbol{E}$となって、磁場$\boldsymbol{B}$を含まないことに起因しているようです。古典統計力学と違って量子統計力学では

  • スピンが存在する。
  • 座標$\boldsymbol{r}$と運動量$\boldsymbol{p}$は非可換であり、分配関数において座標と運動量の和は独立に扱えない。
  • 電子系の状態はシュレーディンガー方程式で決定され、エネルギー準位は離散的になる。
  • 電子はフェルミ粒子なのでパウリの排他律に従う。
これらの理由で磁性を適切に取り扱うことができるみたいです。ほぇ…量子力学って大事だね!

* 楠瀬博明『スピンと軌道の電子論』講談社 (2019).

「磁気フラストレーション」 ー スピンの三つ巴・三竦み ー  さぁ、やっと私の最近のメインな研究トピックです。「フラストレーション」って言葉は、欲求が何らかの障害によって阻止され、満足されない状態のことを意味しますよね。コロナ禍の緊急事態宣言では、満足てきていた人もいれば、フラストレーションが溜まっていた人もいると思います。みんなが満足できる対策ってなかなか難しいですよね… それと同じように、物質中の電子スピンも、みんなが同時に満足できないような(フラストレートした)状態が生じる場合があります。ここでいう「満足できない」、というのは「相互作用のエネルギーを最も得する配置を選べることができない」という意味です。なんのこっちゃ?ってなると思うので簡単な例を出して紹介します。
 図のようにスピン間に反強磁性的な交換相互作用
\begin{align} \mathcal{H}=J \sum_{\langle i, j\rangle} \sigma^{z}_{i} \sigma^{z}_{j} \end{align}
がはたらく2つのイジングモデル(a), (b)を考えます($\sigma^{z} = 2S^{z}$, $J>0$)。(a) のようにスピンが四角形の格子点に位置してる場合、全ての隣り合うスピンが反平行($\uparrow$,$\downarrow$)に揃った構造をとることができますね。一方で、(b)のようにスピンが三角形の格子点に位置してる場合は、2つのスピンを反平行に置くと残りのスピンはどの方向を向いてもエネルギーが変わらないので、安定な配置が決まりません。このように、幾何学的配置や相互作用の競合によって、すべての相互作用エネルギーを最低にすることができない状況を物理学では「フラストレーション」といいます。フラストレーションをもつ量子スピン系(フラストレート系)の例としてとしては、三角格子やカゴメ(籠目状に並んでるやつ、ちなみに英語でもkagomé)格子が有名です(特に格子の幾何学的な構造に起因する場合は「幾何学的フラストレーション」とも呼ばれています)。フラストレート系では磁気秩序(周期的なスピンの配列)が抑制されて、通常の磁性体で実現しないような面白い現象(例えば量子スピン液体など)を示す場合があるので、現在もなお実験理論問わず盛んに研究が行われています。

Fig. : (a), (b) Antiferromagnetic Ising model. (c) Triangular lattice. (d) Kagomé lattice.
図: (a), (b) 反強磁性イジングモデル. (c) 三角格子. (d)カゴメ格子.