Research

 Here, I list some recently published results of research activity, etc.

Research


 ここでは、私の研究内容や研究の成果について紹介しています。学部生にとっては、やや高度な内容も含んでいるので、研究のもっと一般的な話もしています。私の論文リストや発表リスト、今後の発表予定などについてはこちらに掲載しています。

◎YbAgSe2、中性準粒子見えず

【2024年10月】(first author: Fumiya Hori)

 系全体のスピンの配列が一意に定まらないフラストレート磁性体は、特異な物性が発現することが期待されているため、精力的に研究がなされています。最近、我々のグループはイッテルビウム原子(Yb)がジグザグ鎖を組むフラストレート磁性体YbCuS2において、核スピン格子緩和率1/T1が温度の一次に比例する振舞いを発見し、電気を運ばない電気的中性な準粒子が存在することを明らかにしました。
 このYbCuS2で見られた新奇な準粒子の起源や性質を調べるためには、他の関連物質との比較が必要です。そこで本研究では、このYbCuS2と類似した結晶構造を持つこのYbAgSe2においてセレン(Se)核の核磁気共鳴測定を行いました。その結果、YbCuS2で見られた1/T1の温度の一次に比例する振舞いはYbAgSe2において観測されませんでした。この結果から、YbCuS2で見られた中性準粒子はYbCuS2 に特有な現象である可能性が考えられます。
 本研究成果は、2024年10月11日に、学術誌「Journal of the Physical Society of Japan」にオンライン掲載されました。

図: YbAgSe$_2$における$1/T_1$の温度依存性. 丸と菱形はそれぞれ3テスラと1テスラで測定された$1/T_1$を示す. 低温で$1/T_1$が指数関数的に減衰することがわかる. 内挿図の四角はYbCuS$_2$で測定された$1/T_1$を示す. YbCuS$_2$で見られた$1/T_1$の温度の一次に比例する振舞いはYbAgSe$_2$において観測されなかった.

 Journal of the Physical Society of JapanのTop 20 Most Downloaded Articles -- October 2024にランクインしました。

論文情報
F. Hori, S. Kitagawa, K. Ishida, S. Mizutani, Y. Ohmagari, and T. Onimaru
"Gapped Spin Excitation in Magnetic Ordered State on Yb-Based Zigzag Chain Compound YbAgSe2"
J. Phys. Soc. Jpn. 93, 114702 (2024); arXiv:2411.09325.


◎スピン自由度を持つ超伝導の実験的同定 -スピン三重項超伝導多重相における新現象-

【2023年7月】(first author: Katsuki Kinjo)

 超伝導状態は、2つの電子がペアを組むクーパー対と呼ばれる量子力学的な波動状態として理解されます。電子にはスピンと軌道の自由度があるので、クーパー対も同様にスピンと軌道の自由度を持ちますが、今まで発見されたほとんどの超伝導体はスピンおよび軌道の自由度をもたない状態でした。一方で、スピンまたは軌道の自由度をもつ超伝導状態を考えると、わずかな外部パラメータの変化によってさまざまな超伝導状態となる超伝導多重相が期待でき、理論的研究がなされてきました。しかし候補となる超伝導体の観測例は非常に少なく、また超伝導転移温度の低さなどから超伝導多重相に由来する現象の探索は非常に困難でした。
 我々は、超伝導体UTe2の純良単結晶において超伝導多重相に由来する特徴的な超伝導スピンの回転を、複合極限環境における核磁気共鳴測定法(NMR)を用いることで明らかにしました。今回の結果はこれまで実験的なアプローチが不足していた超伝導多重相において、UTe2が理想的な研究舞台であることを示すとともに、予想しなかった新奇な超伝導状態を示すことを明らかにしました。
 本研究成果は、2023年7月28日に、国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。


 本成果に関するプレスリリースが公開されています。

論文情報
K. Kinjo, H. Fujibayashi, H. Matsumura, F. Hori, S. Kitagawa, K. Ishida., Y. Tokunaga, H. Sakai, S. Kambe, A. Nakamura, Y. Shimizu, Y. Homma, D. Li, F. Honda, and D. Aoki
"Superconducting spin reorientation in spin-triplet multiple superconducting phases of UTe2"
Sci. Adv. 9, eadg2736 (2023); arXiv:2307.15784.
京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI)


◎ジグザグ鎖構造をもつ磁性体で現れる電気的中性な準粒子の発見

【2023年7月】(first author: Fumiya Hori)
中学校・高校生向けの解説スライド *

*少ない予備知識で理解できるように説明することが目的です. そのため大雑把な話になり, 厳密には正しくなかったり, 例外があったりしますが, 細かいことは気にしないでください.

 近年、固体物理では、通常の磁性体で知られていない秩序状態や準粒子の研究が注目されています。なかでも系全体のスピンの配列が一意に定まらないフラストレーション現象ではそのような特異な物性が発現することが期待されています。我々は、希土類のイッテルビウム原子(Yb)がジグザグ鎖を組む磁性半導体YbCuS2に着目し、希土類ジグザグ鎖によるフラストレーションの効果について調べました。銅(Cu)核の核四重極共鳴(NQR)測定および比熱測定の結果、YbCuS2が非整合反強磁性秩序を示し、その秩序相で負の電荷をもつ電子とは異なる電気を運ばない電気的中性な準粒子が存在していることを明らかにしました。
 本研究で得られた結果は従来のジクザグ鎖フラストレート磁性体の理論では説明できないことから、新しい理論の必要性を示しており、YbCuS2が新たなフラストレート磁性体のプラットフォームとして有望であることを明らかにしました。また、本研究で発見した中性準粒子は通常の電子とまったく異なる性質をもつため、次世代量子コンピュータや省エネルギーメモリデバイスなどの新しいデバイスへの応用が期待できます。
 本研究成果は、2023年7月22日(日本時間)に、国際学術誌「Communications Materials」にオンライン掲載されました。


京都大学ホームページ広島大学ホームページにプレスリリースをしました。
プレスリリース情報を日本物理学会ホームページ学術変革(A)「アシンメトリ量子」領域ホームページに掲載していただきました。
Yahoo!ニュースEE Times Japanテック・アイ技術情報研究所日本の研究.com、母校である竹田高校ホームページで取り上げられました。

論文情報
F. Hori, K. Kinjo, S. Kitagawa, K. Ishida, S. Mizutani, R. Yamamoto, Y. Ohmagari, and T. Onimaru
"Gapless fermionic excitation in the antiferromagnetic state of ytterbium zigzag chain"
Commun. Mater. 4, 55 (2023) ; arXiv:2201.07563.
京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI)


◎YbIr3Si7における謎の中性粒子をNMRで見る!

【2022年9月】(first author: Shunsaku Kitagawa)

 物質は電気が流れるか流れないかで金属と絶縁体の二種類に分類され、金属は熱を伝えやすく絶縁体は熱を伝えにくいという性質をもちます。これは金属中で電気を伝える伝導電子が熱の運び手になっているからです。 近年、電気的には絶縁体で電気は伝えないにも関わらず、熱の伝導が金属と同じ振る舞いをする物質が見つかっており、注目を集めています。絶縁体中には伝導電子が存在しないため、これらの物質では電荷をもたずに熱のみを伝える謎の中性粒子が存在していると考えられています。 YbIr3Si7はその一例であり、低温での比熱と熱伝導率の測定から中性粒子が存在することが報告されていました。
 我々はYbIr3Si7における中性粒子の磁気的な応答を核磁気共鳴測定法(NMR)を用いることで微視的な観点から調べました。その結果、YbIr3Si7の中性粒子がその磁気特性と密接に関係していることがわかりました。
 本研究成果は、2022年9月16日に、国際学術誌「Physical Review B」にオンライン掲載されました。

論文情報
S. Kitagawa, T. Kobayashi, F. Hori, K. Ishida, A. H. Nevidomskyy, L. Qian, and E. Morosan
"Enhancement of charge-neutral fermionic excitations near the spin-flop transition in the magnetic Kondo material YbIr3Si7"
Phys. Rev. B 106, L100405 (2022) ; arXiv:2209.10844.
京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI)


【番外編】もっと一般的な話

「そもそも物理って何?」って方、「物理は知ってるけど物性物理は聞いたことない...」って方、「大学の基礎物理は一通り勉強したけど、実際の研究とかわからないし論文とか全然読めんない...」って方、色んな人向けに私の研究のもっと一般的な話をしています。なるべく専門的すぎる話や難しい数式は控えてます。

堀は何者?物質のお医者さん?  ー 物理学に馴染みのない中学生、自分の家族、親戚の伯叔父母、友人向け ー

「まだ大学で勉強してるとか大変そうなことしてるな。大学で何勉強してんの?」実家の親戚の集まりで頻繁に聞かれます。また学部時代に塾講師のバイトをしている際、中学校の生徒にも「先生って大学で何を勉強してるんですか?」 とよく聞かれていました。この質問に対してどこまで答えるべきなのか難しいところではありますが(私のように回答に困っている人は少なくないはず)、私の場合とりあえず以下のように回答するかなぁ。

 簡単に言うと、私は大学で「理科」のお勉強をしています(中学校理科でいうところの理科第1分野)。だから、実験したり計算したりの毎日です。もっと詳しい話をすると、「物理学」の研究をしています。フジテレビの人気ドラマに「ガリレオ」シリーズがあると思います。物理学者・湯川学=ガリレオ(福山雅治)と刑事・内海薫(柴咲コウ)が超常現象のような不思議な事件を解決していくという話です(2022年9月公開の「ガリレオ」映画第3弾「沈黙のパレード」実に面白かったですね!)。私は、あのカッコいい福山雅治と同じようなことをしています(ただ残念ながら、あれほど容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能ではないですね...)。
 さらにもっと詳しい話をすると、「物質」に着目して研究しています。世の中は多種多様な「物質」でできています。中学校理科では、その「物質」が様々な性質を持っていたり、色んな状態になったりすることを学ぶと思います。電流を通しやすかったり、熱を伝えやすかったり、磁石に引き付けられたり、気体・液体・固体の状態変化をしたり、と。「世の中の物質の性質とかってもう学者さんたちが調べ尽くして、全部わかってるんじゃね?」と思うかもしれませんが、実は世の中にはどんな性質を持っているのか、どうしてそのような性質を持つのかまだよくわかってない物質がたくさんあります。さらにいうと、そもそもまだ見つかってもいない物質もたくさんあります。 そのような物質を調べるのが私の研究内容です。特に、ちょっと変わった(ちょっとヘンな)現象を示す物質を見つけて、「なんやこいつ!おもろぉ!」(本当は福山雅治声で「実に面白い...」って言いたい)って思いながら研究しています。 物質のちょっとヘンな現象って、人間で例えると「病気」みたいなもんですね。だから私は、人間の病気を調べるお医者さんみたいに、CT検査みたいなものやMRI検査みたいなものを使って「物質」のどこがヘンなのか、なんでヘンなのかを調べてます。つまり「物質のお医者さん」ですね!(狭い部屋に押し込めたり、物質の一部を別のものに変えたりと荒療治をします。人間のお医者さんと大きな違いは、ちゃんと治療しないところです。「面白そう」と思って逆にもっと悪化させることもあります...本当に「お医者さん」と呼んでいいのかな?)

「物性物理学」とは何ぞや?  ー 物理学は知ってるけど「物性物理学」に馴染みのない高校生や学部生向け ー

 私の専門である「物性物理学(Condensed-matter physics)」は物質の多種多様な性質を物理的な観点から明らかにする分野です。ただ、この分野はあまり聞き慣れないかもしれません。恐らく、宇宙物理学や素粒子物理学などに憧れて物理学を勉強したい、研究したいと考えている人の方がが多いのではないでしょうか?ちなみに、私も高校時代に科学雑誌「Newton(ニュートン)」を読み「相対性理論、面白そう!」「素粒子とかかっけぇ!」「超ひも理論!何それ!」とか思っていて、大学入学当時はクォーク物理学の研究をしたいと考えていました。このNewtonという雑誌ではよく相対性理論や宇宙論、素粒子物理学などが大きく取り上げられているので、それらが物理の研究の全てであるかように誤解していました(そういう人はきっと少なくないはず)。でも、実は「物性物理学」は素粒子・原子核・宇宙物理学と並ぶ2大分野の1つなんです(ちなみに私が「物性物理学」という分野を知り、研究したいと思ったきっかけは、学部1回生の授業での超流動・超伝導デモ実験です。弊研非公式VTuber固体量子ちゃんが超伝導の浮上デモ実験をしている動画がありますよ。)
 それでは「物性物理学」の魅力は何?ってことで「More is different」の話をしておきましょう(多くの研究者が物性物理学のイントロで紹介しがちなやつですけど、私のような若輩者が語っていいのでしょうか...?)。20世紀半ばまでの物理学は、素粒子物理学のような「複雑な物事でも、それを構成する要素に分解して、それらの個別の要素だけの性質さえ分かれば、元の複雑な物事も説明できる」とする考え方(要素還元主義)が主流でした。ところが、物質中には アボガドロ定数(~ 1023 * )くらいの膨大な数の原子や電子が集まっているため、電子1つ1つの性質だけでは到底理解できない面白い現象が多々起こります。(人間の場合、ある集団に所属している1人の性格や行動を理解していたとしても、集団全体がその人と違う行動をとることとかありますよね。家族、学校、会社、社会全体とか。)「More is different」という言葉はこの内容を指摘した1972年のアンダーソン(P.W. Anderson)の論文 ** のタイトルです(アンダーソンは馴染みがないかもしれませんが1977年のノーベル物理学賞受賞者です)。「多は異なり」...かっこいい!我々、物性物理学を研究している者は電磁気学・量子力学・統計力学(これらは大学の学部生で詳しく勉強します)といった物理的な考え方を駆使して、まさにこの「More is different」の世界を追求している訳です。

ただ残念ながら高校物理では、前期量子論や原子核、素粒子とかそういったところは記述があるものの、そいつらが多数集まったら...といった、この興味深い「More is different」の内容がほとんど記されていないんですよね(まぁでも熱力学で気体分子運動論などは習いますけどね)。原子やイオンの結合についての内容は高校「化学」の教科書に記載されている訳で、物質科学なんてものは「化学」者しか研究しない、と高校の時に妄信させられちゃいますよね、私がそうであったように。

* 100000000000000000000000個.ちなみに, 長さ0.50 cmの米粒を$6.0\times 10^{23}$ 個直線に並べると, その距離は$3.0\times 10^{23}$ cmになります. これは, 地球と太陽間($1.5\times 10^{13}$ cm)を$1.0\times 10^{10} =$ 10000000000往復する距離に相当します(めっちゃ大きい). 別の例をあげると, 80億人(世界の総人口くらい?)ひとりひとりが100兆円(日本の国家予算くらい?)持っていたとすると総額$8\times 10^{23}$ 円になりますね(やばすぎるやろ).
** P.W. Anderson, Science 177, 393 (1972).

ちょっと詳しい話  ー 電磁気学・量子力学・統計力学を履修した学部生向け ー

 どんどんレベルが上がっていきます。ここでは少し専門用語が出てきます。

「磁性と超伝導」 ー 相反する両者がいかにして共存するのか?ー  弊研のHPに「磁性」「超伝導」の解説が載っているので、ここでは割愛します。超伝導は普通、磁場で壊れるので磁性(特に強磁性)と相性が悪いと思われいたのですが、近年、強磁性と共存するような超伝導(強磁性超伝導)も見つかり、注目されています。

「核磁気共鳴」 ー 動的情報と静的情報の両方が観測可能な微視的手法 ー  私が大学院生時代に用いた主な実験手法です。通称NMR(Nuclear Magnetic Resonance)です。NMRの紹介も弊研のHPに載っているので、割愛します(PDF版もあるようです)。弊研非公式VTuber固体電子ちゃんのお兄ちゃんである固体物性くんの解説動画は結構わかりやすいです(私は最初、この動画でNMRの原理を勉強しました)。


「磁気フラストレーション」 ー スピンの三つ巴・三竦み ー  私の大学院生時代のメインの研究トピックです。「フラストレーション」って言葉は、欲求が何らかの障害によって阻止され、満足されない状態のことを意味します。コロナ禍の緊急事態宣言では、満足てきていた人もいれば、フラストレーションが溜まっていた人もいると思います。みんなが満足できる対策ってなかなか難しいですよね...。 それと同じように、物質中の電子スピンも、みんなが同時に満足できないような(フラストレートした)状態が生じる場合があります。ここでいう「満足できない」、というのは「相互作用のエネルギーを最も得する配置を選べることができない」という意味です。何のこと?ってなると思うので簡単な例を出して紹介します。
 図のようにスピン間に反強磁性的な交換相互作用
\begin{align} \mathcal{H}=J \sum_{\langle i, j\rangle} \sigma^{z}_{i} \sigma^{z}_{j} \end{align}
がはたらく2つのイジングモデル(a), (b)を考えます($\sigma^{z} = 2S^{z}$, $J>0$)。(a) のようにスピンが四角形の格子点に位置してる場合、全ての隣り合うスピンが反平行($\uparrow$,$\downarrow$)に揃った構造をとることができます。一方で、(b)のようにスピンが三角形の格子点に位置してる場合は、2つのスピンを反平行に置くと残りのスピンはどの方向を向いてもエネルギーが変わらないので、安定な配置が決まりません。このように、幾何学的配置や相互作用の競合によって、すべての相互作用エネルギーを最低にすることができない状況を物理学では「フラストレーション」といいます。フラストレーションをもつ量子スピン系(フラストレート系)の例としてとしては、三角格子やカゴメ(籠目状に並んでいる)格子が有名です(特に格子の幾何学的な構造に起因する場合は「幾何学的フラストレーション」とも呼ばれています)。フラストレート系では磁気秩序(周期的なスピンの配列)が抑制されて、通常の磁性体で実現しないような基底状態(量子スピン液体相、Valence-Bond-Solid相、Spin-Nematic相など)や素励起(スピノン、磁気モノポール、マヨラナ粒子、エニオン、トリプロンなど)を示す場合があるので、現在もなお実験理論問わず盛んに研究が行われています。

Fig. : (a), (b) Antiferromagnetic Ising model. (c) Triangular lattice. (d) Kagomé lattice.
図: (a), (b) 反強磁性イジングモデル. (c) 三角格子. (d)カゴメ格子.